エディ・"クリーンヘッド"・ヴィンソン
アメリカ合衆国のブルース/ジャズ歌手、アルトサクソフォーン奏者 (1917-1988)
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エディ・"クリーンヘッド"・ヴィンソン (Eddie "Cleanhead" Vinson、1917年12月18日 - 1988年7月2日)はアメリカ合衆国のジャンプ・ブルース、ジャズ、ビバップ、R&Bのアルト・サクソフォーン奏者、歌手である[1]。本名は、エドワード・L・ヴィンソン・ジュニア。彼はビバップの第一波に貢献したサックス奏者であったが、彼が最も人気を博したのはブルース・フィーリング溢れるシャウトが特徴的なボーカリストとしてであった[2]。音楽評論家のロバート・クリストガウはヴィンソンのボーカルについて「最もクリーンで下品なブルースの歌声だ」と評している[3]。
| エディ・"クリーンヘッド"・ヴィンソン | |
|---|---|
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ヴィンソン (1980年5月) | |
| 基本情報 | |
| 原語名 | Eddie "Cleanhead" Vinson |
| 出生名 | Edward L. Vinson Jr. |
| 生誕 | |
| 死没 | |
| ジャンル | |
| 職業 | |
| 活動期間 | 1930年代 – 1988年 |
| レーベル |
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| 共同作業者 | |
彼は、灰汁を使い直毛にしようとして髪の毛が抜けてしまった事件を機に「クリーンヘッド」(禿げ頭)というあだ名が付けられた。その外見を気に入ってしまったヴィンソンは、その後も頭を剃り続けたのであった[4][5]。
来歴
ヴィンソンは、1917年12月18日、テキサス州ヒューストンに父サム、母アーネラの間に生まれた[6][7]。両親ともピアニストであり、また祖父はバイオリニストという音楽家族であった[6]。
幼少期は教会の合唱団で歌い、ジャック・イェイツ高校に通っていた際にサックスの才能が開花した。まだ高校在学中にチェスター・ブーンのテリトリー・バンドに誘われて夏休みの期間にツアーに出たヴィンソンは、1935年に高校を卒業するとこのバンドのフル・タイム・メンバーとなった。翌1936年、ミルトン・ラーキンがバンドのリーダーとなり、その後4年の間ヴィンソンはこのバンド(ミルトン・ラーキンのオーケストラ)で活動を続けている[6][7]。
ヴィンソンはこの頃、テナー・サクソフォーン奏者のトム・アーチアのバンドでも演奏しており、バンドのメンバーとしては他にセドリック・ヘイウッド、ワイルド・ビル・デイヴィスらがいた[7][8]。
1941年には、彼はニューヨークに移住してクーティ・ウィリアムスのオーケストラに加入した。翌1942年、オーケー・レコードより「When My Baby Left Me」でレコード・デビューを果たす[6]。またウィリアムズの紹介でビッグ・ビル・ブルーンジーと出会い、彼からブルースのシャウトについて教えを受けた。ヴィンソンはブルーンジーとツアーにも出ている[8][6]。
ウィリアムズのオーケストラでは、1944年、彼は後に自身の代表曲となる「Cherry Red」(このレコードでの曲名は「Red Blues」)を彼がボーカルを取り、レコーディングしている[9][10]。その他ウィリアムズのオーケストラでは、「Is You Is Or Is You Ain’t」、「Somebody’s Got to Go」をレコーディングし、これらの楽曲は1944年から1945年の間にいずれもハーレム・ヒット・パレード・チャート(R&Bチャート)のトップ10入りを果たしている[2][11][8]。
1945年、ヴィンソンは自身のビッグバンドを結成した。同年マーキュリー・レコードと契約し、翌1946年に「Kidney Stew Blues」でソロ・デビューを果たしている。1947年には「Old Maid Boogie」がチャートのトップを飾るヒットとなった[8]。1949年にはキング・レコードに移籍。ここでは「Somebody Done Stole My Cherry Red」がR&Bチャート6位のヒットとなった[12]。
1950年代に入ると、彼のバンドにまだソロ・デビュー前のジョン・コルトレーンが加入した[8]。この頃、ヴィンソンはマイルズ・デイヴィスのために「Four」と「Tune Up」の2曲を書いたとされている[8]。これらの楽曲はデイヴィスの1954年のアルバム『Blue Haze』に収録されたが、ここでの作曲者クレジットはデイヴィス自身となっている[13][14][8]。
1960年代初頭にヴィンソンはロサンゼルスに拠点を移し、ジョニー・オーティスのレビューで活動をした[6]。
ヴィンソンはマーキュリー、ベツレヘムといったレーベルからはR&B、リヴァーサイドからはジャズ、ブルースタイム、ABC/ブルースウェイからはブルースの作品をリリースするなどし、ジャンルを超えて活躍した[8]。1962年のリヴァーサイドからのアルバム『Back Door Blues』ではキャノンボール・アダレイのクインテットと共演をしている[15]。
ヴィンソンは後年になってもルームフル・オヴ・ブルース、エタ・ジェイムズらと組んでアルバムをレコーディングする一方、米国、ヨーロッパのツアーにも頻繁に出るなど精力的に活動を続けている[8]。1983年12月にはピー・ウィー・クレイトンと共に来日し、東京の渋谷ライヴ・イン、九段会館で公演を行なった[16]。
ヴィンソンは1988年7月2日、心臓発作のためロサンゼルスで死去した。食道がんと診断され化学療法の治療を受けている中でのことであった。70歳没[17][18][19]。
2014年、ヴィンソンはブルース・ファウンデーションが主宰するブルースの殿堂に入っている[20]。
ディスコグラフィー
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1957年 | 『Clean Head's Back In Town - Eddie Vinson Sings』 | Bethlehem BCP 5005 | フランク・フォスター、ポール・クイニシェット、チャーリー・ラウズ、フレディ・グリーンらとの共演 |
| 1962年 | 『Back Door Blues』 | Riverside RLP 3502 | キャノンボール・アダレイとの共演 |
| 1967年 | 『Cherry Red』 | ABC/Bluesway BLS-6007 | マイク・ブルームフィールドとの共演 |
| 1969年 | 『Kidney Stew Is Fine』 | Delmark DS-631 | T-ボーン・ウォーカー、ジェイ・マクシャンとの共演 |
| 1970年 | 『The Original Cleanhead』 | Bluestime/Flying Dutchman BTS-9007 | ジョー・パス、アール・パーマー、プラス・ジョンソンらとの共演 |
| 1970年 | 『Super Black Blues: Volume II』 | Bluestime BTS-9009 | T-ボーン・ウォーカー、ビッグ・ジョー・ターナーらとの共演 |
| 1971年 | 『You Can't Make Love Alone』 | Mega M31-1012 | 1971年のモントルー・ジャズ・フェスティバルでのライヴ。ラリー・コリエルとの共演 |
| 1975年 | 『Jamming The Blues』 | Black Lion BLP-30168 | モントルーでのライヴ。ドイツ盤 |
| 1976年 | 『Eddie "Cleanhead" Vinson』 | RIFF 659 022 | |
| 1976年 | 『Live im Blue Note Goettingen』 | Flash fl 10001 | ドイツ盤 |
| 1978年 | 『Cherry Red Blues』 | King KS 1087 | |
| 1978年 | 『The "Clean" Machine』 | Muse MR 5116 | ロイド・グレンとの共演 |
| 1981年 | 『Live At Sandy's』 (Eddie "Cleanhead" Vinson And The Muse All Stars) | Muse 5208 | アーネット・コブ、バディ・テイトとの共演 |
| 1984年 | 『Live! In France』 | Black & Blue 33.304 | ジェイ・マクシャンとの共演 |
| 1984年 | 『Hold It Right There!』 (Eddie "Cleanhead" Vinson And The Muse All Stars) | Muse 5243 | アーネット・コブ、バディ・テイトとの共演 |
| 1980年 | 『Kansas City Shout』 | Pablo D2310859 | カウント・ベイシー、ビッグ・ジョー・ターナーとの共演 |
| 1980年 | 『Fun In London』 | JSP 1012 | |
| 1981年 | 『I Want A Little Girl』 | Pablo D2310866 | |
| 1982年 | 『Mr. Cleanhead's Back In Town』 | JSP 1046 | |
| 1982年 | 『Eddie "Cleanhead" Vinson & Roomful Of Blues』 | Muse MR 5282 | ルームフル・オヴ・ブルースとの共演 |
| 1986年 | 『Blues In The Night Volume One: The Early Show』 | Fantasy FCD-9647-2 | エタ・ジェイムズと共演、ロサンゼルスでのライヴ |
| 1987年 | 『The Late Show: Blues In The Night, Volume 2』 | Fantasy F-9655 | エタ・ジェイムズと共演、ロサンゼルスでのライヴ |
| 1987年 | 『Oscar Peterson + Harry Edison + Eddie "Cleanhead" Vinson』 | Pablo 2310 927 | オスカー・ピーターソン、ハリー・エディソンとの共演盤 |
| 2003年 | 『Redux: Live at the Keystone Korner』 | Savant SCD 2052 | ラリー・ヴコヴィッチとの共演 |
コンピレーション・アルバム
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1996年 | 『Kidney Stew (The Definitive Black & Blue Sessions)』 | Black & Blue BB 878.2 | T-ボーン・ウォーカー、ジェイ・マクシャンとの共演 |
| 2003年 | 『Bald Headed Blues (His Complete King Recordings 1949-1952)』 | Ace CDCHD 877 | |
| 2006年 | 『Honk for Texas (1942–1954)』 | JSP JSP7760 | with クーティ・ウィリアムス、ビッグ・ジム・ウィンとの共演(CD 4枚組セット) |
| 2007年 | 『Blues, Boogie & Bebop – Meat's Too High』 | JSP JSP CD804 | 2枚のアルバム『Fun In London』と『'Mr. Cleanhead's Back In Town』のカップリング |
| 2008年 | 『Jumpin' the Blues (The Definitive Black & Blue Sessions)』 | Black & Blue BB 959.2 | ジェイ・マクシャンとの共演 |
| 2019年 | 『Mr. Cleanhead Blows His Greatest Hits (Selected Singles 1944-1950)』 | Jasmine JASMCD3117 |
ゲスト参加盤
| 年 | アーティスト | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|---|
| 1972年 | オリヴァー・ネルソン | 『Swiss Suite』 | Flying Dutchman FD 10149 | |
| 1980年 | アーネット・コブ | 『Live at Sandy's!』 | Muse MR 5191 | |
| 1983年 | アーネット・コブ | 『Live At Sandy's, More Arnett Cobb And The Muse All-Stars』 | Muse MR 5236 | |
| 1983年 | バディ・テイト | 『Live At Sandy's』 | Muse MR 5198 | |
| 1984年 | バディ・テイト | 『Hard Blowin' Live At Sandy's』 | Muse MR 5249 | |
| 1980年 | ヘレン・ヒュームズ | 『Helen Humes And The Muse All Stars』 | Muse MR 5217 | アーネット・コブ、バディ・テイト参加 |
シングル
| 年 | タイトル | レーベル | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1946年 | Kidney Stew Blues Old Maid Boogie |
Mercury 8028 | |
| 1947年 | Lazy Gal Bonus Pay |
Mercury 8039 | |
| 1949年 | Wineola Somebody Done Stole My Cherry |
King 4313 | |
| 1950年 | I'm Gonna Wind Your Clock I'm Weak But Willing |
King 4331 | |
| 1950年 | Eddie's Bounce My Big Brass Bed Is Gone |
King 4381 | |
| 1950年 | Queen Bee Blues Jump And Grunt |
King 4396 | |
| 1951年 | Big Mouth Gal I Trusted You Baby |
King 4426 | |
| 1951年 | Featherbed Mama Bald Headed Blues |
King 4442 | |
| 1951年 | The People On My Party Line Rainy Morning Blues |
King 4465 | |
| 1951年 | Wrong Girl Blues Shavetail |
Mercury 8244 | |
| 1952年 | Good Bread Alley I Need You Tonight |
King 4563 | |
| 1952年 | Lonesome Train Person To Person |
King 4582 | |
| 1954年 | Old Man Boogie You Can't Have My Love No More |
Mercury 70334 | |
| 1954年 | Suffer Fool Anxious Heart |
Mercury 70525X45 | |
| 1955年 | Big Chief (Rain In The Face) Tomorrow May Never Come |
Mercury 70621X45 | |
| 1961年 | Cherry Red Kidney Stew |
Bethlehem 45-11097 | |
| 1962年 | Hold It Right There Sweet Lovin' Baby |
Bethlehem 45-3016 | |
| 1962年 | Hold It! Back Door Blues |
Riverside R-4512 | キャノンボール・アダレイとの共演 |
| 1967年 | Old Maid Got Married Cadillac Blues |
ABC/BluesWay | |
| 1967年 | Old Maid Got Married Cadillac Blues |
ABC/BluesWay 45-BL-61005 | |
| 1969年 | Alimony Blues Juice Head Baby |
Flying Dutchman/BluesTime BT45004 |